夕空に背のび

夕空に背伸び

特技はフットワークの軽さの(24)。読書と旅行と音楽と写真が好きです。主に東海・近畿をうろちょろしています。

ゆるやかに背筋が伸びる生き方を知る。森下典子『日日是好日』を読んだ。

エッセイストの森下典子さんの『日日是好日』を読みました。著者が20歳のときに始めたお茶の道から学んだことが書かれている本です。

著者の体験があくまでも自分事として書かれているのに、読了後は背筋をすっと伸ばしたくなる一冊でした。

 

人生の挫折のなかで発見した、五感で季節を味わう歓び……。生きる勇気が湧いてくる感動の一冊。

お茶を習い始めて二十五年。就職につまずき、いつも不安で自分の居場所を探し続けた日々。失恋、父の死という悲しみのなかで、気がつけば、そばに「お茶」があった。がんじがらめの決まりごとの向こうに、やがて見えてきた自由。「ここにいるだけでよい」という心の安息。雨が匂う、雨の一粒一粒が聴こえる……季節を五感で味わう歓びとともに、「いま、生きている!」その感動を鮮やかに綴る。

森下典子 『日日是好日―「お茶」が教えてくれた15のしあわせ―』 | 新潮社

 

 

日日是好日―「お茶」が教えてくれた15のしあわせ (新潮文庫)

日日是好日―「お茶」が教えてくれた15のしあわせ (新潮文庫)

 

 

本から学んだ4つの生き方

 

謙虚に学び続ける生き方

 ものを習うということは、相手の前に、何も知らない「ゼロ」の自分を開くことなのだ。それなのに、私はなんて邪魔なものを持ってここにいるのだろう。心のどこかで、「そんなこと簡単よ」「私はデキルわ」と斜に構えていた。私はなんて慢心していたんだろう。
 つまらないプライドなど、邪魔なお荷物でしかないのだ。荷物を捨て、からっぽになることだ。からっぽにならなければ、何も入ってこない。
 (気持を入れかえて出直さなくてはいけない)
 心から思った。
 「私は、何も知らないのだ…。」
(P43)

 

私も小さなプライドを持ってがちがちに生きています。どこかで「弱くみられたくない」という思いが働いて、ついつい素直になれず教えを乞うことにもおびえがち。

「知らなくて当たり前」という姿勢は何か違うと思いますが、素直な「教えてください!」はもっともっと出していきたいです。

大人になって思うのは、誰かに何かを教えてもらえる機会は貴重なんだなということ。つまらない小さなプライドはどこかにやって、いろんなことを吸収したいです。

 

 この世には、学校で習ったのとはまったく別の「勉強」がある。あれから二十年が過ぎ、今は思う。それは、教えられた答えを出すことでも、優劣を競争することでもなく、自分で一つ一つ気づきながら、答えをつかみとることだ。自分の方法で、あるがままの自分の成長の道を作ることだ。
 気づくこと。一生涯、自分の成長に気づき続けること。
 「学び」とは、そうやって、自分を育てることなのだ。
(P226)

 

自分を受け入れる生き方 

お茶の世界は気配りや融通が求められるもの。気を利かせるのが苦手な著者は壁にぶつかってもうお茶をやめようと決意されますが、あるお稽古をしたことによって、自分のままでお茶をすればいいんだという風な気づきを得られます。
 
「やめる」「やめない」なんて、どうでもいいのだ。それは、「イエス」か「ノー」か、とちがう。ただ、「やめるまで、やめないでいる」それでいいのだ。 (そうだ、気がきかなくてもいい。頼りにならない先輩でいい。自分を人と比べない。私は、私のお茶をすればいいのだ) 背負っていた重い荷物を、私は放り出した。ふっと、肩の力が抜けて身軽になった。私は、体一つで、そこにいた。 (なぁんだ!これでいいのか)(P82)

 他人と比べて自己肯定感が低くて落ち込みがちな私が目指したい境地です。自分の何か。自分なりの何か、があることに気づいて認められたらこんな、すこんとした気持ちになれるんでしょうか。

 

大切なことを大切にする生き方

 人生に起こるできごとは、いつでも「突然」だった。昔も今も…。
 もしも。前もってわかっていたとしても、人は、本当にそうなるまで、何も心の準備なんかできないのだ。結局は、初めての感情に触れてうろたえ、悲しむことしかできない。そして、そうなって初めて、自分が失ったものはなんだったかに気づくのだ。
 でも、いったい、他のどんな生き方ができるだろう?いつだって、本当にそうなるまで、心の準備なんかできず、そして、あとは時間をかけて少しずつ、その悲しみに慣れていくしかない人間に…。
 だからこそ、私は強く強く思う。
 会いたいと思ったら、会わなければならない。好きな人がいたら、好きだと言わなければいけない。花が咲いたら、祝おう。恋をしたら、溺れよう。うれしかったら、分かち合おう。
 幸せな時は、その幸せを抱きしめて、百パーセントかみしめる。それがたぶん、人間にできるあらんかぎりのことなのだ。
 だから、だいじな人に会えたら、共に食べ、共に生き、だんらんをかみしめる。
 一期一会とは、そういうことなんだ…。
(P191-192)

 

これは私が気にして生きていること。昔から別れに対して人一倍怖がりだったように思います。

だから家族に会いたければ帰るし、友人に会いたければ突然だろうが連絡する。「会いたい」を伝えた後は、向こうがどうするかに任せちゃいますけどまずは言わないと始まらないから。

どんなに会ってももしものときはきっと後悔が残る。大切な人たちに会うのに、会いすぎなんてないのだろうと思います。

 

今、日々を慈しむ生き方 

「雨の日は、雨を聴きなさい。心も体も、ここにいなさい。あなたの五感を使って、今を一心に味わいなさい。そうすればわかるはずだ。自由になる道は、いつでも今ここにある」

 私たちはいつでも、過去を悔やんだり、まだ来てもいない未来を思い悩んでいる。どんなに悩んだところで、所詮、過ぎ去ってしまった日々へ駆け戻ることも、未来に先回りして準備することも決してできないのに。

 過去や未来を思う限り、安心して生きることはできない。道は一つしかない。今を味わうことだ。過去も未来もなく、ただこの一瞬に没頭できた時、人間は自分がさえぎるもののない自由の中で生きていることに気づくのだ…。

 

 雨は、降りしきっていた。私は息づまるような感動の中に座っていた。

 雨の日は、雨を聴く。雪の日は、雪を見る。夏には、暑さを、冬には、身の切れるような寒さを味わう。……どんな日も、その日を思う存分味わう。

(P213)

 
 
未来も不安だし、過去は戻らないのにいつまでも気になる。そんなもやもやした気持ちで、いつのまにか今を見失ってしまいそうになる。
ただ今に集中すること、集中し続けるということ。
そうすることで毎日は同じ日じゃなくなって、しっかりと充実感をもって一日を終えれるんじゃないかなと思います。
これはなかなか難しくて気を抜くとすぐに未来への不安に胸がぎゅっとなったりしますが、まず雨の匂いとか春の空気の暖かさとかそんなことに目を向けられる余裕を持ちたいです。
 
 
この本を読んでありのまま、小さな私のまま、今を生きてみたいなと思いました。
そしてもう一つ、今この時に集中できる何かを探そうとも。それは読書でも、文章を書くことでも、全然別のことでも。自分の生き方のささやかな屋台骨となる何かを探してみたいです。